腐女子を中心に使われているshipperという自称について

ツイッターのプロフィールなどで見かけるshipperという自称にずっと違和感があり、このまま広まると面倒かつ問題があるのでは、と思ったので書いてみます。おおまかに言って、「日本語圏のshipperの用法が謎」「そもそもその自称は不必要では」という内容です。

日本語圏でのshipper用法と違和感

日本語圏での用法としてはざっと見た感じ、「shipper 20↑」とか「shipper/cosplayer」とかいった形で自己紹介として(プロフィール等で)使われてるようですが、これは英語圏では見ない用法です。ツイッターでもこの用法はほぼ日本語アカウント、まれに他のアジア圏らしき人が使ってるくらい。なので私は当初「どういう意味で使ってるんだ??」となりました。

日本語圏でshipperを名乗る人は多くが腐女子、たまに夢女子、という感じ。もしくはBLと男女両方やるよとか、百合もやるよ、という人たちが自称してるっぽい。腐女子と名乗ってしまうと他ジャンルが省かれてしまうため、いろいろやってますよと一言で示したい時に便利だからという理由*1

さらにもう一つの理由として、「腐女子腐男子)」という呼称を使いたくないから、というものがあるようです。たとえば以下のブログ記事はまさにこの理由でshipperを使いたい、という内容です。

si0r1.hatenablog.comただし、この記事は英語圏同人に普段触れていない方が書いているようで、引用されてるツイート含めけっこう間違ってます*2。たとえばslash好きをslasherと呼ぶのは確かなんですが、これもshipperと同じく単にI'm a slasherなどとは使われないし、この用語自体観測範囲では今はほとんど見かけないです。

概観すると、shipperは腐女子という言葉の単なる代替だったり、カプ好きという意味で使われている印象を受けます。なぜか英語表記のままで。ではその英語圏ではどうなのか、ということで私が知るかぎりの正しい情報を以下にまとめてみます。

英語圏におけるshipperの用法と来歴

Shipping in fandom is the act of supporting or wishing for a particular romantic relationship — that is, a het (different-sex), slash (male/male), femslash (female/female), or poly (three or more partners) ship — by discussing it, writing meta about it, or creating other types of fanworks exploring it. Fans who have and promote favorite ships are called shippers.*3

 

同人ジャンル内におけるshippingとは、特定の恋愛関係—ヘテロ異性愛)、スラッシュ(男性同性愛)、フェムスラッシュ(女性同性愛)、もしくはポリガミー(3人かそれ以上のパートナー)における関係—を議論したり、考察したり、二次創作で掘り下げることによって支持および希求する行為である。自分のお気に入りの関係性を持っていたり、広めたりするファンをshippersと呼ぶ。(筆者訳)

ここでもshippingやshippersは使われても単数形名詞のshipperは使われていません。

私は主に英語圏の同人界隈に生息してますが、I'm a shipperみたいな言い回しは普通しないです。shipper自体がかなり古い用語で(初出は1993年のX-ファイルジャンルだと先述の記事にある)、これはgen(general=同人界隈においてはカプなし二次創作の意)の対比として使われていたものです。今でもジャンル名またはカプ名+shipperという用法は見ますが(たとえば"Spirk shipper"という言い方はします)、shipperを使わずに単にfanとかloverとかいうほうが割合としては多いんじゃないかな。カプらせる、の意味で動詞としてshipを使うのが一番一般的。

加えて、英語圏の一部ではshippingが「原作や公式に対し自分の望みどおりのカップリング展開を要求する行為」を指す言葉として使われてもいるようで*4、shipperと名乗る=カプ押し付け厨みたいに思われるリスクもあるのかもしれない。

言うまでもないですが、この用法でのshipperやshippingは俗語なので、同人やファン文化に親しんでない人に言っても通じないこともあります。

私は正直にいうとshipperは死語だと思ってたので、この数年で日本語圏でshipperを名乗る人が出てきたことになんで今さら?という気持ち。それもカプ名もジャンル名もなしに単にshipperとだけプロフに書かれると「目についたものを何でもかんでも恋愛関係にして妄想します!ってことなのか……?」ってくらい意味が分からない。

外来語を使うリスク

他言語で使われている用語をそのまま使おうとしても、1)元の意味や用法が間違って理解されたまま広まる、2)違う文化圏で使われるうちに独自の用法が生まれてしまい混乱を招く、というリスクがあります。

英語圏ではyaoiが「日本産の男×男フィクション、もしくはそれに似た特徴を持つ非日本産の男×男フィクション」の意味で使われますが、やおいはもともとは同人作品に使われる単語で、商業作品は昔ならJUNE、後にはボーイズラブという区別がありました*5。たとえば『きのうなに食べた?』を指してやおいと呼ぶと日本語話者には違和感がありますが、非日本語話者は平気でyaoiと呼ぶでしょう。

このように、同じ単語でも原語とは違う意味で海外に広まるのはよくあることなんですが、私はこれあまり好きじゃないのです。animeという言葉なんかもそうで、『Avatar: The Last Airbender(邦題:アバター 伝説の少年アン)』はanimeなのか?→animeは日本産作品のことだからanimeじゃない→しかし日本語でanimeとはanimation全般のことであり云々……という議論は英語圏の『アバター〜』周辺だと毎日のようにやってる。

言葉は変化するもの!時代や地域で同じ言葉でも意味が違うのは当然!という言語ナチュラル志向みたいな人もよく見かけます。各言語話者が切り離されて一生を終えるならそれでもいいかもしれないですが、複数言語を日常的に使う人が増えていくと問題がでてきます。他言語話者と話す時は会話に使われる言語において定義にブレが少ない用語を選択できればいいのですが、そもそもyaoiやanimeが原語と意味が違うという事実を知らない人には思いつかないでしょうし、会話中に「ん??何言ってんだろ?」となって初めてお互いすり合わせる……となると非常に面倒です。

外来語が増えていくこと自体は避けられないので仕方ないですが、わざわざ今になってshipperという言葉を輸入するならまず原語の意味と用法をよく把握し、外来語をそのまま使うデメリットも考えるべきです。BLだけでなく百合や男女もやるからとか、腐女子腐男子という言葉を使いたくないから、という理由でshipperを使うなら、素直に該当する新しい造語を開発したほうがいいんじゃないかなーと思います。

そもそも「属性名乗り」は必要なのか

そもそもプロフ欄などで「腐女子/腐男子」や「shipper」という名乗り自体が本当に必要なのかを考えたほうがいいんじゃないでしょうか。男男カプだけを鑑賞して男女や女女は一切見ないって人は多くないはずです。なのにBL「も」読み書きする人間にだけ腐女子腐男子という「属性名乗り」が必要とされる。

百合というジャンルを好む百合好きという名乗りはあり、BLジャンルを好むBL好きという名乗りもありますが、いずれもまずジャンル名ありきであって、愛好者の属性説明のために特別に作られた言葉ではないです。それらとはまったく違う腐女子腐男子という属性名乗りが必要とされる理由は何か。BL好きだけを他と違うものとする特権意識、もしくはレッテル貼りの意味合いが本当にないと言えるでしょうか*6

社会心理学にラベリング理論というものがあります。

社会集団は、これを犯せば逸脱となるような規則をもうけ、それを特定の人々に適用し、彼らにアウトサイダーのラベルを貼ることによって、逸脱を生みだすのである。*7

tamenarazu.work社会的に「逸脱」だとされているものの正体は、社会が定めた規則から外れた者を「逸脱」と名付けているにすぎない。つまり「逸脱」とは社会が生み出すものであり、逸脱者や逸脱行為と見なされている対象だけではなく、そう見なす社会こそ研究分析の対象にすべきである、というような理論です。

その上で、セルフラベリングまたは自己レイベリングと呼ばれる行為もあります。

レイベリング者と被レイベリング者との間には、ストーリーを拘束し解体する者とされる者という、非対称的な関係性が成立する。

被レイベリング者は不快な選択行為から自己自身を分離し、他者から押し付けられたレッテルの役割を仕方なく遂行しているのではなく、自分から進んで引き受けたのだというふりをするだろう。

ネガティブ・レイベリングは、社会的にネガティブとされる価値を付与されることによる一次的な苦痛、および常にそうしたカテゴリーで定義されることによる自己定義権剥奪の二次的な苦痛が与えられる。

ポジティブ・レイベリングの場合、付与されるカテゴリーに随伴するポジティブな人格評価による一次的な苦痛が存在しないため(略)他者の定義が取得されやすい。すなわち、カテゴリーに「ひっかけられる」のである。そして、付与されたカテゴリーに基づき、アイデンティティ・ストーリーが再編成される。 『社会的レイベリングから自己レイベリングヘ』*8

つまり、自分からポジティブな意味合いとして名乗ったラベリングであったとしても実はその背後に社会からの要請が潜んでいる場合があり、ラベルがポジティブであるほどその抑圧を自覚しにくいのです。

BLが苦手な人が避けられるように腐女子腐男子やshipperなどと分かりやすく自分をラベリングする、って理由ももちろん理解できるのですが、まずそのような属性名乗り・セルフラベリングが本当に必要なのか考えてみてはどうでしょう。腐女子という言葉が生まれた時点では自虐としてあえて名乗ることで挑戦的かつ主体的姿勢を示す意味合いもあったのだろうけど、今になっては主体的というより抑圧的・他者優先的な側面も大きく、ましてそのラベルを他言語から借用するのは混乱を生むだけでいいことなしです。

ていうかこう書いてみると腐女子腐男子って言葉を使いたくない人はBL好きと言えばいいだけな気もする。あるいはA×B好きとか。私も腐って言い方を避けたい時にそう自称する時あるし。BLもGLも男女もそれ以外も全部合わせてとにかくカプ萌えが好きだからって人も、ジャンル名やカプ名羅列すればじゅうぶん伝わると思うけどな。それだけ色々好きなら属性名乗り自体が本来は不可能なはずで、それなのに無理に名乗ろうとすること自体が無意味じゃないですかね。それか先述したとおり新しい造語を広めるか。

もちろんshipperという自称をどうしても使いたい理由がある人は使えばいいとは思います。ここに書いた以外の理由だとどんなものがあるんだろうと興味あります。

私自身はまだ腐女子腐男子って言葉は便利なので使いますが(この記事タイトルでも使ってるし)、文字数制限がない場所など使わなくていい場面では使わない方向に行くだろうなと思っています。ラベリングする意義をあまり感じなくなってきてるので。繰り返しますが使いたい人は使えばいいと思ってます。ただこういう視点もあるよということで。

*1:https://twitter.com/maruko_CA/status/951305700856090624 など

*2:2021/5/10 追記:上記ブログにて訂正がありましたので併せて参照してください。 海外版BL用語?「slasher」と「shipper」を使ってみたい!(3) - 333

*3:https://fanlore.org/wiki/Shipping

*4:https://morstan.tumblr.com/post/172114450528

*5:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%84%E3%81%8A%E3%81%84&oldid=79717238

*6:「夢女子」も「腐女子」と似たような構造という印象。

*7:ハワード・S・ベッカー『完訳 アウトサイダーズ+ラベリング理論再考』村上直之訳/現代人文社

*8:http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~slogos/archive/18/satok1994.pdf